「正義」とは、本当に「正義」なのか?

最近「正義と悪」についてよく考える。 

誰しも、自分の正義で、他人を傷つけてしまうことがある。 

それを知らない人ほど、自分の正義で、他人を攻撃し傷つけているということ。 

はたして、正義のあり方とは? 

そして、その道徳的正義(メディアや一般人)は道徳的悪(犯罪者など)を、堂々と攻撃しがちなのだが。

そういった道徳的悪となる人の多くは、幼少期などの環境要因が原因の場合が多く。

悪にならないと生きていけなかった「ジョーカー」のような人が、現実社会における多くの道徳的悪だ。

そんな悪を、正義で攻撃することは本当に正義なのか?

これをリアルな生活レベルに落とし込んで話をすると。 

「お箸の持ち方はこれが正しい」

「男は男らしく、女は女らしく」

「子供にそんなことをさせたらいけない」

「コロナが流行ってるのにイベントやるな」 

みたいな、自分の常識が正義と思っている人ほど、他人を傷つけてしまっているのではないのだろうか? 

自分の常識=正義ではないし。
個人の常識=人生から学んだ「当たり前」なんて、人類誕生してから何万年のうちの数十年だし。人類60億人のうちの1人の人生での経験値なんて、本当に常識なのか疑わしいものだ。 

でも、自分にとって常識=正義だと思ってる事の反対のことを、人にやられると不快には感じやすいのは事実だ。

なので、コミュニケーションの際は、

「それは間違ってる」
と否定するよりも。 

「私は〇〇なので好きじゃない」
と意見をいう方法の方が、健全なコミュニケーションだと思う。 

そんな感じで、常に自分の常識や正義を疑いつつ、人の価値観も聞き取りながら、コミュニケーションを取れる人こそが、「正義や悪」と区別しない、本当の正義なのではないだろうか?

そういう人たちと、僕は暮らしていきたいな。

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