どうも。
旅する一人編集長のコバ(@lifeof11)です。
僕らは、これまで社会に適応することや、みんなに合わせる生き方を、重要視して生きて来ました。
しかし、僕はもう、、、
「社会やコミュニティに適応する努力をする必要はない」
と考えています。
空気を読んで、人の顔色を伺って、自分を曲げて生きる生き方は、もう必要性がない、世の中になって来ている。
そんな時代を、ゆるやかに生きる方法のご提案です。
目次
コミュニティにアクセスし続けた生活。
僕はこれまで、シェアハウスを転々として来たり、旅ゼミに属したり、趣味でやってるボルダリングのグループに属したり、箕輪編集室のコミュニティデザインに属したり、色々なコミュニティに属して来ました。
また、小さいコミュニティだと、下北のバーや、大塚にあるカフェ、セブ島留学生の集まりなど、仲のいい集まりの様なものもあります。
大小、オンライン上を含めると、多分10数個のコミュニティに属しています。
人見知りだからこそ、居場所を探し続けた。
こんな話を書くと、僕はとてつもない、コミュ力のある人間かと思われるかもしれませんが、はっきり言って人見知りです。
しかし、昔からフリーとして独立を目指していたので、絶対に人との繋がりが必要になると考え、強制的に人と繋がるためにシェアハウスに住むことから、僕ははじめていきました。
そうやって、シェアハウスを転々住んだり、遊びに行ったりするうちに、コミュニティに入っていくことの恐怖感が消え、コミュニティに属することが楽しくなって来ました。
中には、コミュニティとの相性がよくなく、仲良くなれずに遊びに行ったのは1度だけシェアハウスもあります。
そんな生活を繰り返していく中で、気づいたことがあります。
それは、「コミュニティに属することも、辞めることも、自分で選択ができる」ということです。
それはつまり、、、
「僕らはもう、社会やコミュニティに適応する努力は必要ない。」
ということです。
昔は、コミュニティに適応することが、義務であった。
昔の人々は、「家族」「会社」「学校(地元)」など生まれ育った中で、偶然出会ったのコミュニティしか属することができず、人々は「コミュニティに適応する義務」があった。
もっと大昔の「学校」も「会社」もない時代だと、「家族(=集団的家族)」で狩をしたり、敵グループから自分たちの家族を守ったりしながら暮らしていたので、「生きていくためにコミュニティに適応する」必要があったのです。
コミュニティに適応できない家族は、大草原に家族で追い出され、敵に襲われて死んでしまうリスクが高くなるので「コミュニティに適応する」能力は、人間の生存本能レベルで組み込まれてるのかもしれないですね。
コミュニティに適応する時代から、適応するコミュニティを見つける時代へ。
そして昔は、数える程しかなかったコミュニティが、現在は「家族」「会社」「学校(地元)」の他に、、、
「オンラインサロン」「シェアハウス」「スポーツサークル」「趣味サークル」「飲食店のコミュニティ」
などなど、大まかなジャンルだけでも、これだけ多く存在するのです。
そうなってくると、僕らは「合わないコミュニティに適応する努力」より「自分に合うコミュニティを見つける努力」の方が、人生を生きやすくする方法になってくるのです。
自分の好きなコミュニティを探し、合わなければ立ち去る。
そういうコミュニティを渡り歩く生き方をすれば、人生をゆるやかにストレスフリーに生きるられるようになります。
人間関係で、生きづらさや、ストレスを抱えている人は、あえてシェアハウスに住んだり、オンラインサロンなど、自分の趣味嗜好が合う人達のコミュニティに属すると、人生が一気に華やかに変わっていくので、オススメです。
そして、もしも合わなければ、さらっと抜け出して、また新たなコミュニティを探しにいきましょう。
会社や家族と違って、合わなければ抜け出す権利、選ぶ権利があなたにはあるのです。
それが、これからの時代をゆるやかに生きるコツです。
↓僕のコミュニティの思考を深めた一冊
今回も、最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
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ライター:コバヤシヨシトモ
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